2021年2月14日日曜日

一時的な地上の事柄に没頭するには、この人生は、あまりにも厳粛である。

「不正の富を用いてでも、自分のために友だちをつくるがよい。そうすれば、富が無くなった場合、あなたがたを永遠のすまいに迎えてくれるであろう」とキリストは言われる。神も、キリストも、天使も、すべてが悩み、苦しみ、罪に沈んだ者のために奉仕している。この働きのためにあなた自身をささげ、神の賜物をこの目的のために用いなさい。そうすれば、あなたは、天に住む者の群れに加わることができる。あなたの心は、彼らの心と共鳴し、あなたの品性は、彼らと同じ ようになることであろう。あなたにとって、これらの永遠の住まいの住民たちは、他国人ではなくなる。地上の万物が過ぎ去る時、天の門衛は、あなたを喜んで迎えることであろう。    また、他人を祝福するために用いた財産は、報酬をもたらし、正しく用いられた富は、大きな善事をなしとげる。魂がキリストに導かれる。キリストの計画に従って人生を送る者は、この地上で自分が世話をし、犠牲をした人々と、神の宮で会うことであろう。あがなわれた人々は、自分たちの救いのために器となって働いた人々を覚えていて、心から感謝することであろう。忠実に救霊の働きをした者にとって、天はすばらしい所である。  このたとえの教訓は、すべての者に与えられたものである。すべての者は、キリストを通して与えられた恵みに対して、責任を負わなければならない。一時的な地上の事柄に没頭するには、この人生は、あまりにも厳粛である。永遠で、目に見えない方から、わたしたちが伝えられたことを、他に伝えることを、主は望んでおられる。    毎年、幾百万とも知れない多くの人々が、警告を受けず救いにもあずからずに、永遠にこの世を去っていく。わたしたちには、それぞれの人生において、時々刻々、魂に接触して彼らを救いに導く機会が与えられている。このような機会は、絶えず来ては去って行く。神は、わたしたちがこのような機会を最善に活用することを望んでおられる。1日、1週、1か月と月日は過ぎていく。それは、働く時が、1日、1週、1か月と減っていることである。遅くても、あと数年後には「あなたの会計報告を出しなさい」という拒むことのできない声を、聞かなければならないであろう。  キリストは、すべての者によく考えてみよと仰せになるのである。正直に計算をしなさい。はかりの一方には、永遠の宝、命、真理、天国、そして、救われた魂に対するイエスの喜びなどのすべてを代表しているイエスを置き、向こう側には、世が与え得るあらゆる魅惑物をおいてはかるのである。1つのはかりの一方には、自分の滅びと自分が救い得たはずの魂の滅びとをおき、他の側には、自分とその人々のために与えられる、神の命に等しい命をおいてみよう。この世とそして永遠のために、よく計ってみなさい。あなたがそうして計っているところへ、キリストは、「人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか」と言われるのである(マルコ8:36)。 キリストの実物教訓 第26章 神と人に対する責任 https://m.egwwritings.org/ja/book/13865.1350#1350

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