2021年5月9日日曜日

唯一の質問は、どのようにしてそれがなされるか、です

 「二つの契約の違いを次のように簡潔に述べることができるでしょう。シナイ山からの契約においては、わたしたちは自分だけで律法を行わなければなりません。一方上よりの契約においては、わたしたちはキリストにある律法を持ちます。第一の場合では、わたしたちにとってそれは死となります。なぜなら律法は両刃の剣より鋭く、わたしたちには、恐ろしい結果を招かずにそれを取り扱うことができないからです。しかし第二の場合では、わたしたちは仲保者の御手にある」律法を持つのです。一方の場合では、わたしたちは何をすることができるかであり、他方の場合では神の御霊には何をすることができるか、です。ガラテヤ人への手紙の中には、律法を守るべきかどうかというような疑問はまったくないということを頭にとどめておきましょう。唯一の質問は、どのようにしてそれがなされるか、です。わたしたち自身の行いによるべきか、そうであるなら報いは恵みではなく義理でしょうか。それともわたしたちに神の喜ばれることをしようという思いを起こし、それを行うために、神が働かれることなのでしょうか」 EJワゴナー よきおとずれ ガラテヤ4章 より

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