2021年6月16日水曜日

しかしあなたが悪ければ悪いほど、イエスが必要なのである。

 マリヤの問題が人間の目には絶望的に見えた時にも、キリストは彼女のうちに善への可能性をごらんになった。キリストは彼女の性格のよい面をごらんになった。あがないの計画によって、人類は大きな可能性をさずけられていたので、こうした可能性がマリヤのうちに実現されるのであった。キリストの恵みを通して、彼女は、神の性質にあずかる者となった。堕落し、心が悪霊の住み家となっていた者が、交わりと 奉仕を通して救い主に近づけられた。イエスの足下にすわって、イエスから学んだのはマリヤであった。イエスの頭に貴重な香油をそそぎ、イエスの足を涙で洗ったのはマリヤであった。マリヤは十字架のそばに立ち、イエスについて墓に行った。マリヤは、イエスの復活ののち1番先に墓にいた。よみがえられた救い主のことを1番先に言いひろめたのはマリヤであった。 DA 968.7

イエスは、一人一人の魂の事情をご存じである。自分は罪深い者だ、とても罪深いとあなたは言うだろう。あるいはそうかも知れない。しかしあなたが悪ければ悪いほど、イエスが必要なのである。主は泣いて悔い改める者を決してしりぞけられない。主は明らかに示すことがおできになることを全部だれにでもお告げになるとは限らない。主は、ふるえている魂に勇気を出しなさいと命じられる。主はゆるしと回復とを求めてみもとに来るすべての者を心よくゆるしてくださる。 DA 969.1

キリストは、神の怒りの鉢(はち)をこの世に傾けるように、そして神への憎しみに心が満ちている人々を滅ぼすようにと天使たちに命じることもおできになる。主は宇宙からこの暗い地球を消し去ることもおできになる。しかし主はそうはなさらない。主は、きょう香壇のそばに立って、神の助けを望む者の祈りを神のみ前にささげておられる。 DA 969.2

イエスを避け所として求める魂を、主は告発とことばの争いから高めてくださる。だれも、またどんな悪天使も、このような魂を訴えることはできない。キリストはそうした魂をご自身の神また人としての性質に結びつけられる。彼らは、罪を負うてくださるお方のそばにあって、神のみ座から出る光のうちに立つのである。「だれが、神の選ばれた者たちを訴えるのか。神は彼らを義とされるのである。だれが、わたしたちを罪に定めるのか。キリスト・イエスは、死んで、否、よみがえって、神の右に座し、また、わたしたちのためにとりなして下さるのである」(ローマ8:33、34)。 

各時代の希望 シモンの家での食事

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