食事の改革には真の常識というものがあって、この問題は広く深く研究しなければならない。他人のすることが自分のやり方と調和しないからといって他人を非難すべきではない。すべての人の習慣を調節しようとして、不変的法則を定めることは不可能であって、だれ1人として自分が全般の標準であると思ってはならない。すべての人が同じ物を食するわけにはいかないからである。ある人には美味で健康的であっても、別の人にはまずくて有害であることさえある。ある人は牛乳が飲めないが、ある人は牛乳でよく育つ。また豆類を消化できない人もおり、豆を食べて健康になるという人もいる。粗製の穀粒がよい人もいれば、それが食べられない人もいる。
果実や堅果類の少ない、新開拓地方や貧しい地方に住む人々に日常の食事から牛乳と卵をとりのぞくように勧めてはならない。肥満した、動物的情欲が強い人が刺激的食品を避けなければならないのは事実であり、特に肉食の習慣をもった子供の家庭では、卵を用いるべきではない。しかし、造血器官が弱い人の場合、特に必要な栄養素を供給する他の食品が得られない場合は、牛乳と卵を全然廃してはならない。しかし、健康な牛の乳が手に入り、よいえさでよく飼育された健康な鶏の卵を得るように細心の注意を払うべきである。また鶏卵は最も消化しやすいように料理しなければならない。
食事の改革は進歩すべきものであって、動物の病気が増すにつれ、牛乳や卵の使用が次第次第に危険になる。そこで健康的で、安価な他のものをその代用とするように努力しなければならない。できるだけ牛乳と卵を用いずに、しかも衛生的でおいしく料理する方法を至る所で人々に教えなければならない。 ミニストリーオブヒーリング 健康維持の要素
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