「人は最初に一番よいぶどう酒を出し、それから後に悪いぶどう酒を出すが、この世の贈り物もこれと同じである。この世が与えるものは、はじめは人の目をよろこばせ、感覚を魅惑するかもしれないが、結局は不満足なものである。ぶどう酒はにがくなり、はなやかさは陰気なものとなる。歌と歓楽に始まったものが疲労と不快に終わる。しかしイエスの賜物はいつも新鮮で新しい。イエスが魂にお与えになるごちそうは必ず満足とよろこびとを与える。新しい賜物が与えられるたびに、それを受ける者には主の祝福を感謝し、よろこぶ能力が増し加わる。主は恵みに恵みを加えられる。恵みのたくわえがつきるということがない。キリストのうちに住むならば、あなたがきょうゆたかな賜物を受けることは、あしたはもっとゆたかな賜物を受ける保証である。ナタナエルに対するキリストのみことばは、信仰の子らに対する神の態度の原則をあらわしている。主の愛が新しくあらわされるたびに、イエスはそれを受け入れる人に向かって、あなたは『信じるのか。これよりも、もっと大きなことを、あなたは見るであろう。』と宣言される。(ヨハネ1-50)」各時代の希望(上)p172
0 件のコメント:
コメントを投稿