どんな人間の発明によっても、罪を犯している魂を救う道をみいだすことはできない。「肉の思いは神に敵するからである。すなわち、それは神の律法に従わず、否、従い得ないのである。」「悪い思い、すなわち、殺人、姦淫(かんいん)、不品行、盗み、偽証、誹(そし)りは、心の中から出てくるのである」(ローマ8:7、マタイ15:19)。流れが清くなるには、心の泉がきよめられなければならない。自分で律法を守る行為によって天国に入ろうとする者は不可能なことを試みているのである。律法的な宗教、敬虔の形だけを持っている者には安全がない。クリスチャンの生活は古いものを修正したり改良したりすることではなくて、性質が生れ変わることである。自我と罪に対する死があり、まったく新しいいのちがある。この変化は聖霊の効果的な働きによってのみ行われる。 各時代の希望 第17章 ニコデモ
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