2013年3月7日木曜日

さらに恐ろしいことである

「しかし、感化は同様の力をもって悪にも誘うものであることを忘れてはならない。自分の魂を失うことは、恐ろしいことである。けれども他の魂を滅びにおとしいれることは、さらに恐ろしいことである。わたしたちの感化が、死から死にいたらせるかおりになることは、恐ろしいことであるが、それは、可能である。キリストと共に集めているといいながら、かえってキリストから散らしている者が多い。教会が弱いのは、このためである。平気で批評非難する者が多い。邪推、しっと、不満の精神などを口にすることによって、彼らは、サタンの配下となる。彼らが自分の行為に気づく前位に、サタンは、彼らを用いて目的を達している。既に悪い印象は与えられ、暗い影は投げられて、サタンの矢は目標に当たったのである。こうして、キリストを受け入れたはずの人々が、疑惑と不信と無神思想をもつに至った。一方、サタンの側で働いた人びとは、彼らの感化によって懐疑主義におちいり、神の譴責と懇願に対して心をかたくなにしてしまった人びとを満足げにながめる。彼らは、自分たちを、その人びとと比較して、自分たちは、徳もあれば、ただしくもあるとうぬぼれる。しかし、実は彼らの舌が無分別に語り、心が反逆的であったために、このような哀れな品性の破壊者が現れるに至ったのに気づかない。この人びとが負けて堕落したのは、彼らの感化によったのである。
 このようにして、自称クリスチャンが、軽はずみでわがままな態度で、いいかげんな生活を送ることによって、多くの魂を命の道から追いやっている。神のさばきのときに、自分たちの及ぼした感化の結果をみることを恐れるものが多くあらわれることであろう。」豊かな人生の秘訣p236

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