2013年5月27日月曜日

よく陥る危険

「 誰でも自分の祈りが即座に、また直接に答えられることを望み、その答えが遅れたり、期待に反した形で与えられると失望するが、神は賢明、かつ最善なお方で、わたしたちが望む時に、望むように、いつでも答えるということはなさらないのである。しかしわたしたちの希望が全部かなえられるよりも、もっと良い方法をとっていてくださるのである。わたしたちは神の知恵と愛を信頼できるようになるため、わたしたちの願いを認めたまえと祈るのではなく、神のみ心を知り、それを果たすように努めなければならない。自分の要求や興味を、神のみこころを考える気持ちで忘れてしまわなければならない。信仰を試すこうした体験は我々を益し、それによって自分の信仰が真実であり、神のみ言葉の上に堅く立った信仰であるか、それとも事情が変われば動揺し、不安定で変わりやすいものかが判然するものである。信仰は働かすことによって強くなる。エホバに仕える者のために聖書のなかには尊い約束があることを覚え、忍耐を十分に働かせなければならない。
 すべての人がこうした原則を理解できるわけではない。神のいやしの恵みを求める人の多くは直ちに祈りが答えられないと自分の信仰に欠陥があるように思う。したがって病気のために弱った人には賢明な助言をもって、彼らがよく分別して行動できるように勤めなければならない。病人よりも長く生きのびられるその友人たちに対する義務を無視したり、健康回復のために自然の療法を利用するのを怠ってはならない。
 ここにまたよく陥る危険がある。ある者は祈りが答えられて癒されることを信じ、信仰の不足を示すようなことをしてはならないと思って、何もしない。しかし、死ぬと思われたならばその前にきちんとしておきたいと思ういろいろなことを怠ってなならない。臨終に際し、愛する者に語りたいと思っていた励ましの言葉を与えるのを恐れてはならない。(ミニストリーオブヒーリング)」

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