2014年11月28日金曜日

エルサレムへ行こうと決意して、その方へ顔をむけられた

「イエスの心にとっては、愛する弟子たちの心配や失望や不信にさからって、道を進まれることは苦しいことであった。エルサレムで弟子たちを待ち受けている苦悩と絶望に向かって彼らを連れて行くことはつらいことであった。そこでサタンは、近くにいて、人の子イエスに誘惑をもって迫った。なぜイエスは死ぬに決まっているエルサレムにいま行かれるのか。イエスの周囲には生命のパンに飢えている魂がいる。どちらを向いても悩める者たちがイエスのいやしのことばを待っている。キリストの恵みの福音をもってなされる働きは始まったばかりであった。しかもイエスは壮年の盛りで力に満ちておられた。なぜその恵みのことばといやしのみ手をもって世界の広い野に出て行かれないのか。なぜ暗黒のうちにある不幸な幾百万の人々に光と幸福を与えるよろこびをご自分のものとされないのか。なぜ、その収穫を、信仰が弱く、さとりがにぶく、行動の遅い弟子たちの手にのこされるのか。なぜいま死に直面し、始めたばかりの働きを残されるのか。荒野でキリストに立ち向かった敵は、いま激しく巧妙な誘惑をもってイエスを攻撃した。もしイエスが一瞬でも屈服されたら、そしてもしご自分を救うためにほんの一点でも予定を変更されたら、サタンの力は勝利し、世は滅びたのである。

しかしイエスは、『エルサレムへ行こうと決意して、その方へ顔をむけられ』た。イエスの生涯のただ一つの律法は、天父のみこころであった」
                  各時代の希望 ガリラヤからの最後の旅

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