神のために真の犠牲を払うように要求されることは決してない。神は当然ささぐべきものを数多く要求されるが、それを実行することによって、わたしたちは天にゆく途上の妨害となるものを捨てているにすぎない。よいものを手離すことを要求されたときさえも、それはわたしたちのために、さらに益になることをなさっておられるのだと確信してよい。
この地上でわたしたちを悩まし、失望させた不思議な出来事も、きたるべき国では明らかとなり、答えられそうにもないと思った祈りや、また実現しなかった希望も、わたしたちに最大の祝福であったことがわかる。
どんな仕事でもすべて神の働きの一部であるから、たとい、いかにいやしいことであろうと、神聖なものとみなければならない。そして、わたしたちの日常の祈りは、「主よ、最善が尽くせるように助けてください。もっとりっぱな仕事ができる方法を教えてください。力と快活な精神を与え、わたしたちの働きの中に救い主の愛の奉仕が実行できるようにしてください」と言うのでなければならない。
~ミニストリーオブヒーリング 日常生活の助け~
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