2015年4月16日木曜日

喜ぶのが当然ではないだろうか

たとえただひとりしかキリストの恵みの福音を受け入れなかったとしても、キリストはそのひとりを救うために苦労、屈辱の生活と恥辱的な死をお選びになった。わたしたちの努力によってひとりの人が救われ、向上し、神の宮に輝く者とされたら、喜ぶのが当然ではないだろうか。
                              ミニストリーオブヒーリング 教育者としての医者

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