パウロは雄弁家であった。改心する前に、彼はしばしばほとばしる雄弁で聴衆に感銘を与えようとした。しかし今は、彼はこれをすべて放棄した。感覚を楽しませ、想像力を満足させはするが、しかし日常の生活には関係ないような、詩的表現や空想的描写にふけることなく、パウロはきわめて重要な真理を、人の心に刻みつけるために、単純な言葉を用いるように努めた。真理を空想的に描写するなら、人を感動させることができるかもしれない。しかし、往々にして、このようにして示された真理は、信者を強めて人生の戦いに備えさせるに必要な糧を与えるものではない。即刻の必要や現実の試みに苦闘している人々には、キリスト教の基本原則にある健全で実際的な教えを与えなければならない
~艱難から栄光へ 退廃の都コリントにて~
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