2016年6月10日金曜日

あなたがもはや活動できず、弱さがあなたに押し迫ってきたときに

「見よ、神はわが救である。わたしは信頼して恐れることはない。主なる神はわが力、わが歌であり、わが救いとなられたからである。あなたがたは喜びをもって、救の井戸から水をくむ。」 イザヤ書12:2、3                      
「あなたがもはや活動できず、弱さがあなたに押し迫ってきたときに、神があなたにお求めになることはただご自分により頼むことである。あなたの魂の守りを、忠実な創造主としてのこのお方に委ねなさい。このお方の恵は確かであって、このお方の契約はとこしえである。その希望が、真理を永遠に保たれる自分の神なる主に置かれている人は幸いである。あなたの思い約束をにぎり、それらをつかんでいるようにしなさい。もしあなたが数々の尊い約束の中にある豊かな保証を速やかに思い起こすことができないなら、ほかの人たちの唇からそれらを聞きなさい。何という豊かさ、何という愛と保証が、神ご自身の唇から語られたこれらの言葉のうちに見出されることであろう。それらはこのお方が心にかけておられる子らに対するこのお方の愛、このお方のあわれみと関心を述べている。「主、主、あわれみあり、恵みあり、怒ることおそく、いつくしみと、まこととの豊かなる神、いつくしみを千代までも施し、罪と、とがと、罪とをゆるす者、(出エジプト記34:6、7)
 主はご自分の苦しんでいる者たちに対する同情に満ちておられる。このお方の許しにとって大きすぎる罪が何かあるであろうか。このお方は憐れみ深く、無限なので、責めるよりももっと早く、もっと喜んで許して下さる。このお方は恵み深いので、わたしたちのうちに悪いところを探すためにご覧にならない。主はわれらを造られたさまを知り、われらのちりであることを覚えておられる。その際限のない同情と憐れみのうちに、このお方はわたしたちのあらゆる背信を癒し、わたしたちがまだ罪人であったときから、惜しみなくわたしたちのあらゆる背信を癒し、わたしたちがまだ罪人があったときから、惜しみなくわたしたちを愛し、ご自分の光を差し控えられることなく、キリストのゆえにわたしたちの上に輝かせてくださる。
 あなたは・・・あなたの義であられるイエスに常に信頼するであろうか。恵み深くもあなたに与えられている聖霊によって、神の愛はあなたの心のうちに広く降り注がれている。あなたはキリストと一つなのである。このお方はあなたが忍耐強くなるにように恵みをお与えになる。このお方はあなたが信頼する者となるように恵みお与えになる。このお方は不安を克服するためにあなたに恵みをお与えになる。このお方はご自身の優しい御霊をもってあなたの心を暖めて下さる。このお方はあなたの魂を弱さのうちにあってよみがえらせて下さる。さらに良い国、天国を求める寄留者、また旅人としてこの地上にいなければならない日はあとほんのわずかである。わたしたちのふるさとは天にある。そうであれば、あなたの魂を神への信頼のうちにとどめておきなさい。あなたの重荷をこのお方におろしなさい。
 ああ、どれほど多く、あなたの心は救い主の表情の美しさに心打たれ、このお方のご品性の麗しさに魅了され、このお方のお苦しみを思って鎮められたことであろう。今このお方はあなたがすべての重荷をご自分におろすようにと望んでおられる。・・・「主よ、わたしはあなたに感謝します。あなたは、さきにわたしにむかって怒られたが、その怒りはやんで、わたしを慰められたからです。見よ、神はわが救である。わたしは信頼して恐ることはない。」(イザヤ12:1、2)。(セレクテッド・メッセージ2巻 231、232)

0 件のコメント:

コメントを投稿