聖書には、高く聖なるところにおられる神は、何もしないで、だまってただひとりでおられるのではなく、みこころをなそうと待っている千々万々の聖天使たちにとりかこまれておられることが示されている。われわれがみわけることのできない方法で、神は、宇宙のどんな部分とも活発に交わっておられる。しかし、神の関心と全天の関心が集中されているのは、この一粒の世界、救うためにひとり子をお与えになった魂である。神は、しいたげられている者の叫びを聞くために、み座から身をかがめておられる。真心からの祈りの一つひとつに対して、「わたしはここにいる」と、神はお答えになる。神は苦しんでいる人々やしいたげられている人々を起こしてくださる。われわれのすべての苦しみに神が苦しんでくださる。誘惑されるたびに、試みられるたびに、神のみ前にある天使が、救い出すために近くにいるのである。
一羽のすずめでさえも地に落ちると必ず天父の注意をひく。サタンは神を憎むあまりに、救い主の関心のまとになっているものを何でも憎む。サタンは神のみ手のわざを傷つけようとし、もののいえない被造物さえ滅ぼすことをよろこぶ。神の守りのみ手によってのみ、鳥たちは生きて、そのよろこびの歌でわれわれをよろこばせることができるのである。しかし神は、すずめでさえもお忘れにならない。「それだから、恐れることはない。あなたがたは多くのすずめよりも、まさった者である」(マタイ10-31
各時代の希望 最初の伝道者たち
0 件のコメント:
コメントを投稿