イエスは、人々のぜいたくへの欲求を満足させることによって、彼らをひきつけようとはされなかった。興奮した長い一日のあとで、疲れと空腹とをおぼえているこの大群衆にとって、質素な食事は、キリストの力の保証であったばかりでなく、また日常の一般的な必要についてもキリストが彼らのためにやさしく心を用いておられることの保証であった。救い主はご自分に従う者たちにこの世のぜいたくを約束されなかった。彼らの食事は、質素であり、また乏しいことさえあるかもしれない。彼らは貧乏な境遇にとじこめられているかも知れない。だがキリストのみことばには、彼らの必要が満たされることが保証されており、キリストは、彼らに、この世のよいものよりもはるかによいもの、すなわちご自身の臨在といういつまでも続く慰めを約束しておられる。
各時代の希望 「あなたがたの手で食物をやりなさい」
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