2020年12月5日土曜日

キリストの愛によって、目が開かれた者は、

放蕩息子は、かつての落ちつかない若者だった時には、父親を厳格で恐ろしい人のように考えていた。ところが今は、その考えがなんと変わったことであろう。そのように、サタンに欺かれている者は、神を厳格苛酷な方のように思う。神は、罪人を厳しく見張っていて、責める方であって、真に正当な理由がない限り、助けを与えようともしなければ、迎えいれてくださらないものと、彼らは考える。また、彼らは、神の律法を、人間の幸福を制限するもの、重苦しいくびきと見なして、それから逃れようと望む。しかしながら、キリストの愛によって、目が開かれた者は、神が憐れみ深いお方であることを悟る。神は横暴で残酷な方ではなくて、悔いて帰る子を、だきかかえようとして待っ ている父のような方であると知ることができる。罪人は、詩篇記者とともに、「父がその子供をあわれむように、主はおのれを恐れる者をあわれまれる」と言うようになる(詩篇103:13)。キリストの実物教訓 第16章 本心に立ちかえった青年

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