2021年4月15日木曜日

性格に、習慣に、いっさいの行動に変化が起こりますから、過去と現在との間にはっきりと決定的な対照が見られるようになります

人は、いつどこで悔い改めたか、あるいはどんな階をふんで回心したかを、はっきり語ることはできいかも知れませんが、それであるからといってそのが悔い改めていないとは言えません。キリストはニデモに、「風は思いのままに吹く。あなたはその音聞くが、それがどこからきて、どこへ行くかは知らない。霊から生まれる者もみな、それと同じである」(ヨハネ3:8)と言われました。風は目には見えませんが風の通った結果は、はっきりと見たり感じたりすることができます。聖霊が人の心に働くのも、ちょうど同じです。人の目には見えませんが、再創造の力が魂に新しい命を与え、神のみかたちにしたがって新しい人をつくるのです。聖霊の働きは音もなく目にも見えませんが、その結果は明らかなものです、聖霊によって心が新たにされるならば、生活がその事実を証明します。私たちはどのようにしても自分の心を変えたり、神と調和したりすることはできないのです。また、自己や自分の良い行いに頼ることもできませんが、心のうちに神の恵みを宿しているかどうかは私たちの生活にあらわれてきます。性格に、習慣に、いっさいの行動に変化が起こりますから、過去と現在との間にはっきりと決定的な対照が見られるようになります。人の性格はときどきの善行とか過ちでわかるのではなく、日常の言動の傾向によって知ることができるのです。 キリストへの道 弟子としての証拠

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