政治的な扇動
われわれの教会や学校で聖書を教えている人々は、政治家や政策について、賛成か反対かどちらにしても、一緒になって自分たちの考えを、公けにすることは許されていない。なぜならば、そうすることによって他の人々の気持を扇動し、各人が勝手に持論を展開するようになるからである。現代の真理を信じると公言している人々の中で、このように扇動されて、自分の意見や政治的なえり好みを表現する者があっては、教会に分裂が起こる。
主はご自分の民が、政治的な問題を忘れるように望んでおられる。これらの話題については、沈黙が雄弁である。キリストはご自分の信徒が、神のみ言葉の中に明示されている純粋な福音の原則に、一致団結するように求めておられるのである。政党に対して投票することは安全ではない。なぜならば、われわれが投票するものが誰であるかがわからないからである。どんな政治的な計画にでも、参加することは安全ではない。
真にクリスチャンである者は、まことのぶどうの木の枝であって、そのぶどうの木と同じ実を結ぶ。彼らは、クリスチャンの交わりにおいて調和して行動する。彼らは政党の記章ではなく、キリストの記章をつける。それならば、われわれはどうすべきだろうか。―政治的な問題は、そのままにしておきなさい。
大きなぶどう園が、耕されなければならないのである。確かにクリスチャンは、未信者の間で働かなければならないが、世間の人々と同じように見えてはならない。政治を語ったり行ったりするために、時間を費すべきではない。そうすることによって、敵に侵入する機会を与え、不和やあつれきを起こさせるからである。
神の子らは、政治から離れているべきである。政治的な争いに参加してはならない。世俗から離れなさい、そして教会や学校内に、争いや混乱を起こすような考えを持ち込むことは、慎みなさい。不和は利己的な人々によって、組織内に持ち込まれる精神的な毒である。 (GW・391―395ページ)
2021年6月27日日曜日
神の子らは、政治から離れているべきである
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