弟子たちはイエスのみ名を、確信をもって語ることができた。それは、イエスが彼らの友であり、兄であられたからではなかっただろうか。キリストとの親しい交わりに導かれて、彼らは主と共に天に備えられた場所に座った。キリストをあかしするとき、弟子たちの思想を包んだのは、すさまじく燃えることばであった。弟子たちの心には豊かな深い愛、どこまでも広い慈愛が積みすぎるほど積みこまれて いたため、キリストのみ力をあかししに、地の果てまでも行かずにはおられなかった。弟子たちは、キリストが始められたみ働きを進展させたいという、切なる願いでいっぱいであった。彼らはまた、神の恩義の大きさと、彼らの仕事の責任の大きさを悟った。聖霊の賜物に力づけられて、彼らは、十字架の勝利を更にひろげたいという熱意に燃えて出て行った。聖霊は彼らを活気づけ、彼らを通して語った。キリストの平和が彼らの顔から輝き出た。彼らの生涯を奉仕のために主にささげていたので、その顔には神にゆだねきった表情があらわれていた。艱難から栄光へ 聖なる霊下る
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