2022年8月9日火曜日
彼らはキリストのみ座の一番近くに立つのである。
もし神の僕たちが、信仰によって主と共に歩むならば、主は彼らの使命に力をお与えになる。彼らは、人々が福音を受け入れないではいられなくなるように、神の愛を示すとともに、神の恵みを拒むことは危険であることを示すことができる。人が神から与えられた分をなしさえすれば、キリストは驚くべき奇跡を行われるであろう。今日も人間の心の中に、過去幾時代もの間に行われてきた大変化がなしとげられるであろう。ジョン・バンヤンは歓楽と冒瀆の中から救われ、ジョン・ニュートンは奴隷売買から救われて、高くあげられた救い主を伝えた。今日も、バンヤンやニユートンのような人が、多くの人々の中から救われるにちがいない。神と協力する人間の器によって、多くのあわれな社会の日陰者たちが教化され、ひるがえって、彼らは、人間の中に神のみ姿を回復したいと願うようになる。よりよい道を知らないために、非常にわずかの機会にしかめぐまれず、誤った道に歩んでいる者が多くいる。そういう人々に、光が潮のようによせて来るのである。キリストがザアカイに、「きょう、あなたの家に泊まることにしているから」とお語りになったように、主は彼らにも語りかけられる(ルカ19:5)。そしてがんこな罪人であると見なされていた者たちが、キリストに目を留めていただいたために、幼児のようにやさしい心を持つ者となる。多くの者が大きな過ちと罪から救い出される。そして機会と特権に恵まれていながら、それを尊ばなかった者の位置をかわって占めるのである。彼らは神にえらばれた者、尊い者となり、キリストがみ国にお入りになる時には、彼らはキリストのみ座の一番近くに立つのである。 キリストの実物教訓 第18章 道やかきねのあたりから招かれた客
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