生涯の力を傾けて神のみわざと取り組んできた人々に対しては、最も心のこもった敬意を表さなければならない。こうした老齢の働き人は、嵐や試練の真っただ中に忠実に立ってきた。彼らは病弱になっているかもしれない。しかし彼らはなお、神のために彼らの本分を全うする才能も資格も持っている。たとえ衰えて、若い者たちが負うことのできる、また、負わなければならないような重い責任を、負うことができなくとも、彼らが与えることのできる勧告は最も価値のあるものである。
彼らは間違いをしたこともあったであろう。しかし、失敗から彼らは、誤りや危険を避けることを学んできた。だからこそ賢明な勧告を与える資格があるのではないだろうか。彼らは試みや試練に耐えてきた。そして、彼らの活力の一部は失われたかもしれないが、主は彼らを除かれない。主は彼らに特別の恵みと知恵を与えておられる。
みわざが困難な時に主に奉仕をしてきた人々、真理のために立つ者がほとんどいなかった時に信仰を持ち続けた人々は、喜ばれ、尊敬されなければならない。主は若い働き人たちに、こうした信仰の深い人々と交わることによって、知恵と力と円熟とを身につけるよう望んでおられる。そのような老練な働き人が共にいるために、大変恵まれているのだということを、若い者たちは認識しよう。若い者たちは会議の場で彼らを礼遇しよう。
キリストのみわざに一生をささげてきた人たちが、地上での奉仕を終える時期に近づくと、聖霊による感銘を受けて、これまで神のみわざに携わっていた時の経験を詳しく話すようになる。神がその民を導かれたすばらしい配慮や、試練から彼らを救い出された神の大きな恵みの記録は、新しく信仰に導かれてきた者たちに繰り返し語られなければならない。神はこの年老いた経験豊かな働き人たちが、彼らの持ち場に立って、人々を悪の大波に押し流されないよう救うために、彼らの分をなすようにと望んでおられる。神は、武具を脱ぐよう彼らに命じるまでは、武具をつけているようにと望んでおられる。
『患難から栄光へ』下巻277、278ページ
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