2024年1月19日金曜日

主が最善とごらんになる方法

弟子たちの経験がそのままわれわれの経験である場合がどんなに多いことだろう。誘惑の嵐が迫り、はげしいいなづまがひらめき、波がわれわれの上におおいかぶさる時、われわれは助けてくださることのできるお方がおられることを忘れて、自分1人で嵐と戦う。望みが失われていまにも滅びそうになるまでわれわれは自分自身の力にたよる。そしてそれからイエスのことを思い出す。救ってくださいとイエスに呼び求める時、その叫びは無駄にならない。イエスは、われわれの不信と自信を悲しく思って責められるが、必要な助けをお与えにならないことは決してない、陸の上でも、海の上でも、心のうちに救い主を持っているなら、恐れる必要はない。救い主に対する生きた信仰によって、人生の海はおだやかになり、主が最善とごらんになる方法で、われわれは危険から救われるのである。 各時代の希望 第35章 「静まれ、黙れ」

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