弟子たちは約束が成就されるのを待っていたあいだ、謙遜な心でほんとうに悔い改め、また自分たちの不信心を告白した。彼らは、キリストがなくなられる前にお語りになったことばを思い出しながら、それらの意味を一層深く理解した。既に記憶から消えてしまっていた真理が再び心によみがえってきて、彼らはこれを互いに繰り返し合った。そして、救い主について誤解していたことを思い、自責の念にかられた。主のすばらしいご生涯の場面が行列のように1つ1つ彼らの前を通り過ぎた。主の純粋できよらかなご生涯を瞑想しながら、もし、キリストの美しいご品性をあかしする生活をすることができさえすれば、どんな仕事でもむずかしすぎることはなく、どんな犠牲でも大きすぎることはないと思った。もし、過去の3年間をもう1度やりなおすことができるとすれば、弟子たちはどんなにか違った行動をとることだろう。もし、主に再び会うことができさえすれば、どんなにか熱心に、自分たちが主を深く愛していたかを示そうと懸命に努めることであろう。また、不信の言葉や行動で主を嘆かせたことに、どんなにか真心からのおわびを申しあげることであろう。しかし、彼らは、自分たちはゆるされていると考えたとき慰められた。そして、主に対する信仰をできるかぎり勇敢に世の人々の前で告白し、自分たちの不信心の償いをしようと決心した。 艱難から栄光へ 第4章 聖なる霊下る
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