2024年2月29日木曜日

他人を祝福し高めようとする心のある所

 愛と同情心のある所、他人を祝福し高めようとする心のある所には、神の聖霊の働きがあらわされる。異教主義に閉ざされた所で、聖書にしるされた神の律法も知らず、キリストの名も聞いたことのない人々が、自分たちの命の危険をも顧みないで、神の使者たちを親切に扱い、保護したことがある。彼らの行動は、神の力の働いたことを示している。聖霊が未開地の人々の心にキリストの恵みを植えつけ、彼らの性質や教育とは全く反対の同情心を呼び起こしたのである。「すべての人を照すまことの光があって、世にきた」とあるが、この光が彼の心を照らした(ヨハネ1:9)。もし彼が、この光に従っていくならば、それは、彼の足を神の国まで導くことであろう。

 神の栄光は、倒れた者を起こし、苦しむ者を慰めることにあらわれる。人の心の中にキリストが宿られる所は、どこであっても、キリストが同じようにあらわされる。キリストの宗教が活動する所は、どこにも祝福があふれ、その働く所にはどこにも輝きがみなぎるのである。 

神は、国籍、人種、階級の差別をなさらない。神は、全人類の創造者である。すべての人々は、創造によって、1つの家族であり、贖罪によって、1つなのである。キリストは、あらゆるへだての壁をこわし、神殿のどの部屋をも解放するためにこられた。それは、すべての魂が、自由に神に近づくことができるようになるためであった。キリストの愛は、どんな所にでもゆきわたって行くほど、広く深く満ちあふれたものである。それはサタンのまどわしにおちいっていたあわれな魂を、サタンの勢力の下から引き上げて、神のみ座、すなわち約束の虹にかこまれたみ座のそばに、来させるのである。

           各時代の希望 第27章 わたしの隣人とはだれのことですか

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