2024年5月31日金曜日

主は、ご自分がお与えになった祝福を彼らから取り去られるのである。

 ナザレ人に対する救い主の譴責の言葉は、パウロの場合、ただ不信のユダヤ人だけでなくて、同信の兄弟たちにも当てはまった。もし教会の指導者たちが、パウロに対する苦い感情をことごとく捨て去って、異邦人に福音を伝えるために神の特別の召しを受けた者として彼を受け入れていたならば、主は、パウロを彼らに残しておかれたことであろう。神は、パウロの働きがこのように速やかに終わるようには定めておられなかった。しかし神は、エルサレム教会の指導者たちがひき起こした一連の事件を挫折させるために奇跡を行われはしなかった。 


これと同じ精神が、同様の結果を招いている。神の恵みが備えて下さったものを尊重して活用することを怠るために、教会は多くの祝福を受け損じる。もし忠実な働き人の働きが、教会の人々に尊重されたならば、彼らの働きの期間を延ばそうと主が望まれたことが、幾度あったことであろう。しかし、もし教会が魂の敵によって理解力を混乱させられ、キリストのしもべの言葉と行動を誤り伝えて曲解し、彼の働きを妨害するならば、主は、ご自分がお与えになった祝福を彼らから取り去られるのである。 艱難から栄光へ 第38章 投獄されたパウロ

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