キリストの恵みが、そしてこれのみが、この制度を神の意図された通りのもの、すなわち、人類の祝福と向上の手段となすことができる。こうして人間の家族は、その一致と平和と愛によって、天の家族を代表することができるのである。
今日も、キリストの時代と同様、社会のありさまは、この神聖な関係に関する天の理想とは、あまりにもかけはなれた状態である。しかしながら、交わりと喜びを望んでいたにもかかわらず、苦さと失望を経験した人々に、キリストの福音は慰めと平安を与える。キリストのみたまによって与えられる忍耐と柔和が、苦い運命を甘く楽しいものにするのである。キリストが宿っている心は、キリストの愛に十分に満ち足りているので、自己に同情や関心を引こうとあせることがない。また、魂を神にささげているために、人間の知恵の及ばないことを、神の知恵がなしとげてくださる神の恵みの啓示によって、かつては互いに離れて無関心であった人々の心が、地上のいかなるきずなよりも強く永続的なきずなによって結ばれる。これこそ、試練にも耐えてゆくことのできる黄金の愛のきずなである。 祝福の山 律法の精神
0 件のコメント:
コメントを投稿