「神様は、多くの人々の知恵が寄せ合わされて、聖霊の意図が果たされるよう、神様の任命された助け手として、さまざまの才能を持った人々を教会に置かれた。自分自身の強い個性に従って行動し、神様のみわざに長い経験を持つ他の人々とくびきを共にすることを拒む人々は、自信から盲目となり、誤りと真理を見分けることができなくなるであろう。そのような人々が教会の指導者として選ばれるのは安全ではない。彼らは兄弟たちの判断を顧みず、自分自身の判断や計画に従おうとするからである。自分自身、一歩ごとに助言を必要としていながら、キリストの謙遜さを学ぼうともせず、自分の力で人々の世話を焼こうとする者たちを通して働くことは、サタンにとって容易なことである。」
「最近、キリストのしもべと称しながら、神様の教会の確立された一致に反対の働きをしている人たちが、われわれに間で起こってきた。彼らは、働きについて、独自の計画と方法をもっている。彼らは、自分たちの考えている発展に向くように教会を変えようと望み、そうすることによって大きな成果が得られると想像する。こういう人たちは、キリストの学校の教師であるよりはむしろ生徒になる必要がある。彼らはいつも落ちつかず、何か自分の名誉となるような大きな仕事をなしとげようとの大望をいだいている。こういう人々は、すべての教訓の中で最も有益な教訓、すなわち、イエス様のうちにある謙遜と信仰を学ぶ必要がある。」
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