2013年2月11日月曜日

どうするだろうか

病人が癒されても、海の上をお歩きになられても、5つのパンと、2匹の魚を5000人以上の人々のお分けになられても、信じない人間たち・・・
そして、イエス様が十字架に架かられても信じない・・・
聖書が与えられても信じない人間・・・もはや絶望的にも思えます

有名なマタイによる福音書21-33のたとえ話
この家のご主人
収穫の季節がきたので、その分け前を受け取ろうとして、僕たちを農夫たちにお遣わします。しかし、ひとりを袋だたきに、ひとりを殺し、もう一人を石でうち殺します。すると・・・
また別に、前よりも多くの僕たちを送ります。
「彼らをも同じようにあしらった。」きっと多くの人が・・・殺されたことでそう
すると・・・今度は「わたしの子は敬ってくれるだろうと思って」愛子をお遣わしになります

僕なら、絶対にそんな事はしない。最初にひとり袋だたきされたら、すべて中止・・・
そんな危ないところに、ひとりも遣わせない・・・
聖書研究会でこの話をしたら、「わたしなら、農夫たちを拷問にかけて・・・」とのご意見もいただきました。

祭司長たちや民の長老たちでさえ、「悪人どもを皆殺しにして・・・」と答えました
人間は、ちょっと伝道して反応がないと、「もういいや」「あの人はだめだ」
とあまりに簡単にあきらめます。
しかし、神様は・・・
預言者の方々をお遣わしになられ、御子イエス様をお遣わしになり・・・
なんとその次は
使徒の方々をお遣わしになられます。次は、異邦人に福音が伝わり、イスラエルを奮起させる???
4つの畑のたとえ・・・
僕なら、絶対に良い畑だけにまく・・・
しかし、茨の地におまきになられるイエス様のお姿を思うと、絶句・・・です
「このひたむきな愛」と証もされていますが・・・驚くべきことです

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