キリストは、サタンと論争しようとはされなかった。キリストは、惑わしによって多数の天の住民を滅ぼした残忍な彼のしうちを非難することがおできであった。また、アダムを罪に誘い、人類に死をもたらしたエデンの悲劇を指摘することもおできになった。あるいは、イスラエルをいざない、不平と反抗にかり立てて、モーセ寛容と忍耐の緒を切らせ、無防備の一瞬をついて罪を犯させ、死の力のもとに陥れたことをサタンに思い起こさせることもおできになった。だが、キリストはすべてを天父にゆだね、「主がおまえを戒めて下さるように」と仰せになった(ユダ9)。キリストはサタンと論じられなかったが、そのときその場で、この堕落した敵の力を打ち破り、死者を生き返らせるみわざをお始めになった。ここに、サタンの言い争うことのできない神のみ子の権威が現された。永遠の復活が確かなものとされた。サタンは自分のとりこを奪われ、死んだ義人はふたたび生きることとなった。 ~人類のあけぼの モーセの死~
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