2015年5月19日火曜日

天使はコルネリオに、十字架の話をするためにつかわされたのではない。

 これらの命令の明白なこと、また、ペテロが宿っている家の人の職業まであげられていることを見ると、どんな身分の人々の一生も仕事も天には知られていることがわかる。神は王の経験や働きを知っておられるだけでなく、身分の低い労働者のこともごぞんじなのである。
 「ヨッパに人をやって‥‥シモンという人を招きなさい。」 こうして神は福音事業と、ご自分の組織された教会に関心をもっておられることをあらわされた。天使はコルネリオに、十字架の話をするためにつかわされたのではない。神は百卒長と同じように弱い、誘惑にも陥りやすいひとりの人間を選んで、十字架につけられ、よみがえられた救い主のことを彼に伝えさせられたのである。
 人々の中での神の代表者として、神は誤りを犯したことのない天使をお選びになるのではなく、救いの対象とされている人々と同じ感情を持った人間をお選びになる。キリストは人類に近づくために人間性をとられた。この世に救いをもたらすためには、神性と人性をとられた救い主が必要であった。そして男にも女にも「キリストの無尽蔵の富」を宣べ伝える仕事が、神から委ねられているのである。(エペソ3-8)
                  ~艱難から栄光へ 神は人をかたより見ない~

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