2015年11月23日月曜日

生涯の重荷を倍にしている人が多い

わたしたちは苦難の世界に生きており、天の家郷に行く道には絶えず艱難、試練、悲嘆がわたしたちを待っている。しかし、たえず苦難を予想して生涯の重荷を倍にしている人が多い、災難や失望に会うとすべてがだめになってしまうように考え、自分はだれよりも一番運が悪く、必ず貧窮に陥ると思いこむ。こうして自ら不幸を招き周囲の者をみな憂鬱にする。生きていくことそのものが重荷となるのであるが、そうなる必要はない。この考え方を変えるには決定的な努力がいるが可能である。この世の喜びも来世の喜びも共に明るいことに心をむけるかどうかによってきまる。想像にすぎない暗い光景に気をとめることなく、神が彼らの道にまいておられる恵みを思い、その果てにある目に見えない永遠のものを見るようにさせなさい。
 あらゆる試練に対して神様は助けを準備しておられる。イスラエル人が荒野でメラにおいて苦い水に行きあったとき、モーセはエホバに叫び求めた。神様は別に新しい救済策をほどこされるのではなく、手もとにあったものに注意を向けさせられた。すなたちその水を清く、甘くするために神が作られた大潅木を泉に投げ入れなければならなかった。そうしてから人々はその水を飲み元気を回復したのであった。あらゆる試練に際してわたしたちがキリストを求めるならば、キリストは助けを与えてくださる。わたしたしの目は打ち開かれ、そのみ言葉の中に記録されているいやしの約束に気づくようになる。聖霊は悲しみを和らげる祝福をいっさい自分のものとする方法を教えてくれる。わたしたちのくちびるにあるすべての苦い水に対してそれいをいやす木の枝を発見するであろう。                  ~ミニストリーオブヒーリング 精神療法~

0 件のコメント:

コメントを投稿