2016年1月6日水曜日

彼は自分で悪に手向かう必要がない

 天父のご臨在がキリストを取り囲んでいたので、無限の愛なる神が世の祝福のためにお許しになること以外は、何一つキリストの身にふりかかってこなかった。これが、キリストの慰めの源であった。わたしたちにおいてもそうである。キリストのみたまに満たされた人は、キリストのうちに宿っている。彼を狙う打撃は、ご臨在をもって囲んでいてくださるキリストに当たる。彼に起こることはみな、キリストを経てくるものである。キリストが彼の守り手であるから、彼は自分で悪に手向かう必要がない。主のゆるしがなければ、何ものも彼に触れることはできない。そして許されることはみな、相共に働いて彼を愛する者たちの益となるのである。
                                   ~祝福の山 悪人に手向かうな~

0 件のコメント:

コメントを投稿