2017年11月19日日曜日

けんそんな、信じる魂にとって、地上における神の家は、天の門である

「けんそんな、信じる魂にとって、地上における神の家は、天の門である。讃美の歌、祈り、キリストの代表者たちが語ることばは、天の教会、すなわち、けがれたものは何ひとつはいることのできない、もっと崇高な礼拝に民を準備するために、神がお定めになった手段である。
 地上の聖所が神聖視されていたことから、クリスチャンは、神がご自分の民とお会いになる場所を、どうみなすべきかを学ぶことができる。・・・神ご自身が礼拝の順序を教え、それをこの世のどんなものよりも高められた。

 家庭は、家族のための聖所であり、個室や森は、個人が礼拝するために最も静かな場所である。しかし教会は、会衆のための聖所である。従って、礼拝の時間や場所や方法に関して、きまりがなければならない。聖なるもの、神の礼拝にかかわりのあるものを、決して、不注意に、あるいは無関心に扱ってはならない。人は、神への讃美を最もよくあらわすために、心の中で聖なるものと俗なるものとを区別しなければならない。広い見解、高尚な思想と抱負をもっている者は、聖なるものについてのあらゆる思いをつよめる連想をする。都会に、岩だらけの山のほら穴に、粗末な小屋に、荒野に、りっばであろうとなかろうと、聖所をもっている者はさいわいである。もしそれが主のために手に入れることのできる最高のものであれば、主はご臨在し、その場所をきよめてくださるから、それは万軍の主に聖なるものとなるのである。」  教会へのあかし 第5巻 491492ページ)

0 件のコメント:

コメントを投稿