神のみ言葉が賢明に・・・青年の思いに注がれ、それが彼らの清廉さの標準となり、彼らの過ちを正し、彼らの思いを啓発し、導くものとなるべきである。神のみ言葉は衝動的な気質を抑制し、統制するのに、怒りを引き起こす鋭い言葉よりもはるかに効果がある。・・・・
明るい表情や快活な励ましの言葉は最も貧しい家庭も明るくし、家庭の愛から引き離そうと魅了する多くの誘惑から守り、父親と子供たちを幸福にさせるものである。・・・
しかし家庭を幸福なものにする働きは、母親だけに負わされているのではない。父親には果たすべき重要な役割がある。夫(ハズバンド)は家庭の束を結ぶ帯(ハウスバンド)である。その強くて、まじめで、献身的な愛情によって家族のメンバーである母親と子供を、共に最も強い一致の絆で結びつけるのである。彼は、母親が子供を養育するとき、その努力を快活な言葉で励まさなくてばならない。
母親が自分自身の働きを正しく評価することはほとんどなく、しばしばあまりにも低く見積もって、それを家庭の退屈な骨折り仕事だとみなしてしまう。彼女は毎日毎日、毎週毎週、特別目立った結果もなく、同じことを繰り返す。彼女は一日が終わっても、自分が果たしてきた数多くの小事を述べることができない。自分の夫の偉業と比べると、彼女は口にするような価値のあることは何もしなかったと感じるのである。
父親はしばしば自己満足の雰囲気を漂わせて戻ってくる。一日の間に自分が成し遂げたことを思い返して誇りに感じている。・・・彼女は子供の世話をして、食事の用意をして、家を整理整頓することを除けば、たいしたことはしなかった。・・・彼女は売り買いなど商取引をしたわけではなかった。彼女は土を耕して農夫の仕事をしたわけではなかった。彼女は、機械工として働いたわけではなかった。―だから、彼女は疲れるようなことは何もしなかった。・・・
幕が取り去られて、父親と母親が一日の働きを、神がご覧になるように見ることができるならば、そして、神の無限の御目が互いの働きをどのように比較しておられるかを見ることができるならば、彼らは天の啓示に驚愕することであろう。父親は自分の労働をもっと控えめな光のうちに見るようになり、その一方で母親は知恵と、辛抱強さと、忍耐とをもって、自分の働きを推し進める新たな勇気とエネルギーとを得ることであろう。
この時、彼女はその価値を知るのである。父親が朽ちて過ぎ去ってしまうものを扱っていた間、母親は思いと品性を発達させることに携わっており、一時的なことのためにではなく、永遠のために働いていたのである。もし神にあって忠実になされるならば、彼女の働きは朽ちることがない。(サインズ・オブ・ザ・タイムス1877年9月13日)
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