すぐれた働きをするように、神から資格を授けられた人々の多くがなぜ、なんらなすところがないかというと、彼らは、何もしようと努力しないからである。世 には、なんの確かな目的ももたず、なんの標準もなく一生を送っている人が、多くいる。このような人は、彼らのしわざに相応した報いを受ける。
人間は、自分が定めた標準以上には、出ることができないことを記憶しなければならない。そこで、どんなに苦しく、克己と犠牲が要求される時にも、標準を高くし、進歩の階段をのぼらなければならない。なににも妨げられてはならない。どんな人であっても、運命の網に捕らえられて、どうにも身動きができないほどに、固く縛られている人はない。難局に当面した場合には、それに打ち勝つ決心がなければならない。1つの障害を打ち破ると、前に進むいっそうの能力と勇気がわいてくるものである。正しい方面に向かって断固として進む時、環境は、妨げとはならず、かえって、わたしたちの助けとなるのである。
わたしたちは、主の栄光のために、あらゆる品性の徳を養うように熱望しなければならない。品性建設のあらゆる面において、神を喜ばせなければならない。これはわたしたちにもできることである。エノクは、堕落した時代に生存しながら、神を喜ばせた。現代にも、エノクのような人々がいる。
どんな誘惑にも屈しなかった、忠実な政治家ダニエルのように、わたしたちも立たなければならない。わたしたちを愛し、わたしたちの罪をあがなうために、その命を捨ててくださった主を失望させてはならない。「わたしから離れては、あなたがたは何1つできないからである」と主はおおせになる(ヨハネ15:5)。これを忘れないでほしい。もし過ちを犯した場合には、その過ちを認めて、それを再びくり返さないように戒めとするならば、勝利を収めたことになる。こうして敗北を勝利にかえ、敵に乗ぜられることなく、あがない主にほまれを帰すことになるのである。
神のかたちにかたどって形成された品性は、この世から来たるべき世界に持って行ける唯一の宝である。この世で、キリストの教えを受けた者は、その身につけた神の性質を全部天の住居に持っていくのである。そして、天では絶えず成長する。であるから、この世で品性を形成することは、非常に大切なことである。
完全な品性は、人を完全な行動にまで高めるから、それを確固たる信仰をもって求める者には、天使も協力して働くのである。この働きに加わっているすべての者に対して、わたしはあなたの右にあってあなたを助けると、キリストは言われる。
人間の意志が、神の意志と協力すると、どんなことでもできるようになる。神がお命じになったことは、神の力によって完成することができる。神のお命じになることはどんなことでも、成しとげることができるのである。 キリストの実物教訓 その他のタラント
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