2021年6月26日土曜日

既成の社会制度を独断的に、あるいは急にくつがえすことは使徒パウロの仕事ではなかった

 既成の社会制度を独断的に、あるいは急にくつがえすことは使徒パウロの仕事ではなかった。これを試みようとすれば、福音の成功が阻まれるであろう。しかし彼は、奴隷制度の根本にある原則、しかも、それが実行されれば奴隷制度全体を揺るがせること必然であろうと思われる原則を教えた。「主の霊のあるところには、自由がある」と彼は言明した(Ⅱコリント3:17)。奴隷オネシモは改心してキリストのからだの1員となったのであるから、主人と共に神の祝福と福音の特権にあずかる兄弟として、また相続人として愛され、取り扱われなければならなかった。一方、しもべたちは「人にへつらおうとして目先だけの勤めをするのでなく、キリストの僕として心から神の御旨を行い」、自分たちの義務を果たさなければならなかった(工ペソ6:6)。  キリスト教は、主人と奴隷、王と臣民、福音を説く牧師とキリストの中に罪からのきよめを見いだしている堕落した罪人との間に、強い一致のきずなをつくる。彼らは同じ血潮に洗われ、同じみ霊によって生かされた。そして彼らはキリスト・イエスにあって1つとされているのである。 艱難から栄光へ 第43章 ローマにて

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