イエスは、地上生活において、歌をもって試練に応じられた。心を刺すような鋭い言葉を浴びせられたときにも、いんうつと不満と疑惑と圧迫的な恐怖のために、まわりの空気が重苦しかったときにも、イエスの信仰と聖なるはげましの歌がきかれた。
あの最後の悲しい過越節(すぎこしせつ)の夕食後、まさに死の手に売り渡されようとしていたとき、イエスは詩篇を高らかに口ずさまれた。―
「今より、とこしえに至るまで主のみ名はほむべきかな。
日のいずるところから日の入るところまで、
主のみ名はほめたたえられる。」
「わたしは主を愛する。
主はわが声と、わが願いとを聞かれたからである。
主はわたしに耳を傾けられたので、
わたしは生きるかぎり主を呼びまつるであろう。
死の綱がわたしを取り巻き、
陰府(よみ)の苦しみがわたしを捕えた。
わたしは悩みと悲しみにあった。
その時わたしは主のみ名を呼んだ。
『主よ、どうぞわたしをお救いください』と。
主は恵みふかく、正しくいらせられ、
われらの神はあわれみに富まれる。
主は無学な者を守られる。
わたしが低くされたとき、主はわたしを救われた。
わが魂よ、おまえの平安に帰るがよい。
主は豊かにおまえをあしらわれたからである。
あなたはわたしの魂を死から、わたしの目を涙から、
わたしの足をつまずきから助け出されました。」
地上の最後の大いなる危機の影が深まっていくときに、神の光は最も明るく輝き、希望と信頼の歌は最もはっきりと、そして最も高らかな調べとなって聞かれるであろう。 教育 聖書の教育的価値
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