世の詩人や学者は、自然について多くのことを歌 いあるいは語りますが、真に鑑賞する力をもってこの地上の美を楽しむことができるのはクリスチャンだけです。なぜならば、彼らは天の父のみ手のわざを認め、花や木にあらわれた神の愛を認めるからです。丘や谷や川や海をながめても、それが人類に対する神の愛のあらわれであるとみなさない人は、その存在の意義を十分に悟ることはできません。
神は、摂理を通し、または心にささやく聖霊の感化を通してお語りになります、私たちの事情や環境、つまり私たちのまわりで毎日起きている変化の中からも、私たちが心を開いて見ようとさえすれば、尊い教訓を得ることができます。詩篇記者は神の摂理の働きの跡をたどって、「地は主のいつくしみで満ちている」(詩篇33:5)、「すべて賢い者はこれらの事に心をよせ、主のいつくしみをさとるようにせよ」(詩篇107:43)と言っています。
神は、み言葉、聖書をもって私たちに語っておいでになります。み言葉は、神のこ品性、神の人類を扱われる方法、また贖罪の大業をもっとはっきりした言葉で啓示しています。そして、父祖たちや預言者たち、また昔の聖者たちの歴史が繰り広げられています。彼らは「わたしたちと同じ人間」(ヤコブ5:17)であって、私たちと同じように失望と戦い、また私たちと同じように誘惑に負けましたが、再び勇気を出して神の恵みによって勝利を得ました。このことを知るとき、私たちも義を追い求めて戦っていかねばならないと励まされるのです。彼らが与えられた尊い経験を読み、彼らが受けた光と愛と祝福について学び、彼らが与えられた恵みにより成した働きについて読むとき、彼らに霊感を与えた同じ精神が、私たちの心にもそうしたいという励む気持ちを起こさせ、彼らの品性に似る者になりたい、彼らのように神と共に歩みたいと望むようになります。 キリストへの道 神についての知識
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