イスラエル人は、シケムからギルガルの陣営へもどった。するとまもなく、ここに見知らぬ代表団がやってきて、協定を結びたいと希望した。使節団は、遠い国からやってきたと言い、彼らのようすからすればそれが真実らしく思えた。彼らの衣服は古びて破れ、くつはつぎ当てがしてあり、食料品はかびがはえ、酒を入れる皮袋は破れたのを旅の途中で急いでつくろったかのようにしばりつけてあった。
パレスチナの国境の向こうの遠国で、彼らの同胞は、神が、神の民のために行われた不思議なわざを聞き、イスラエルと同盟を結ぶことを望んで、彼らを派遣したのだと、彼らは言うのであった。ヘブル人はカナンの偶像礼拝者たちと同盟を結ばないようにということを特別に警告されていたので、この来訪者たちの言っていることが真実かどうかについて一抹の疑いが指導者たちの心に浮かんだ。「あなたがたはわれわれのうちに住んでいるのかも知れない」と彼らは言った。これに対して使節団は、「われわれはあなたのしもべです」と答えただけだった。しかしヨシュアが、「あなたがたはだれですか。どこからきたのですか」と単刀直入につっこんで聞くと、彼らは前と同じ答えをくりかえして、それが真実である証拠として、こうつけ加えた。「ここにあるこのパンは、あなたがたの所に来るため、われわれが出立する日に、おのおの家から、まだあたたかなのを旅の食料として準備したのですが、今はもうかわいて砕けています。またぶどう酒を満たしたこれらの皮袋も、新しかったのですが、破れました。われわれのこの着物も、くつも、旅路がひじょうに長かったので、古びてしまいました」(ヨシュア記9:7、8、12、13)。
この陳情は成功した。ヘブル人は、「主のさしずを求めようとはしなかった。そしてヨシュアは彼らと和を講じ、契約を結んで、彼らを生かしておいた。会衆の長たちは彼らに誓いを立てた」(同9:14、15)。こうして契約が結ばれた。それから3日のちに事実が暴露した。「彼らはその人々が近くの人々で、自分たちのうちに住んでいるということを聞いた」(同9:16)。ギベオン人は、ヘブル人に抵抗することが不可能であることを知って、生き残るために策略を用いたのであった。
自分たちが欺かれたことを知ったとき、イスラエル人の憤激は大きかった。その怒りは、彼らが3日間の旅ののち、カナンの地の中央に近いギベオン人の町に到着したとき、いっそう高まった。「会衆はみな、長たちにむかってつぶやいた」。しかし長たちは、欺瞞によって結ばれた契約ではあっても、「イスラエルの神、主をさして彼らに誓いを立てていたので」その契約を破ろうとしなかった。「イスラエルの人々は彼らを殺さなかった」(同9:18)。ギベオン人は、偶像礼拝をやめて主の礼拝を受け入れることを誓ったのであった。だから彼らを生かしておくことは、偶像礼拝のカナン人を滅ぼすようにとの神のご命令にそむくことではなかった。だからヘブル人が誓ったことは罪を犯すことにはならなかった。その誓いは欺瞞によるものではあったが、無視してはならなかった。義務を誓ったからには、それが、悪い行為を義務づけるものでない以上、尊重すべきである。利益、報復、自己中心などを考慮に入れて、誓いを破るようなことがあってはならない。「偽りを言うくちびるは主に憎まれ」る(箴言12:22)。「主の山に登るべき者はだれか。その聖所に立つべき者はだれか」。それは、「誓った事は自分の損害になっても変えること」のない者である(詩篇24:3、15:4)。
ギベオン人は、生かしておくことになったが、聖所のいやしい下働きをする奴隷となった。「ヨシュアは、その日、彼らを、会衆のため、また主の祭壇のため、主が選ばれる場所で、たきぎを切り、水をくむ者とした」(ヨシュア9:27)。彼らは、この条件を喜んで受け入れ、自分たちがまちがっていたことに気づいて、生命を贖うためならどんな条件にも喜んで従った。「わ れわれは、今、あなたの手のうちにあります。われわれにあなたがして良いと思い、正しいと思うことをしてください」と彼らはヨシュアに言った(同9:25)。彼らの子孫は何百年もの間、聖所の奉仕に従事した。
ギベオン人の領地は4つの町から成っていた。民は王の統治下にはなくて、長老たちに支配されていた。中でも番重要な町、ギベオンは、「大きな町であって、王の都にもひとしいものであり、……そのうちの人々が、すべて強かった」(同10:2)。このような町の住民が、命を救うために屈辱的な手段に訴えたことは、イスラエル人がどれほどカナンの住民に恐れられていたかということの大きな証拠である。
しかし、ギベオン人が正直にイスラエル人と交渉したのだったら、事はもっとうまくいったであろう。彼らは主に服従したことによって生かされたが、彼らの欺瞞は不名誉と苦役をもたらしたにすぎなかった。神は、異教を捨ててイスラエルに加わりたい者は、だれでも契約の祝福を受けられるように道を備えておられた。「あなたがたと共にいる寄留の他国人」(レビ19:34)の条件に彼らは含まれ、この種の人たちは、ほとんど例外なしに、イスラエルと同じ恩典と特権を受けられるのであった。主の命令は次のようなものであった。
「もし他国人があなたがたの国に寄留して共にいるならば、これをしえたげてはならない。あなたがたと共にいる寄留の他国人を、あなたがたと同じ国に生れた者のようにし、あなた自身のようにこれを愛さなければならない」(レビ19:33、34)。過越の祭りといけにえの捧げ物については、こう命令されていた。「会衆たる者は、あなたがたも、あなたがたのうちに寄留している他国人も、同一の定めに従わなければならない。……他国の人も、主の前には、あなたがたと等しくなければならない」(民数記15:15)。
もしギベオン人が欺瞞的な手段に訴えなかったら、このような立場を与えられたのであった。「王の都にもひとしい」町の住民で、「そのうちの人々が、すべて強かった」といわれていた人々にとって、子孫末代まで、たきぎを切ったり、水をくんだりする者となることは、けっしてなまやさしい屈辱ではなかった。彼らは、欺瞞の目的で貧しい着物を身につけていたが、それは彼らがいつまでも人に使われる身分であるしるしとして、彼らにつけられた。こうして、何代にもわたって、彼らの奴隷状態は、神が虚偽を憎まれる証拠となるのであった。
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