2021年11月7日日曜日

神がわたしたちに言われた言葉が成就するためには、神の栄えあるみ位がかけられているのである。

  他人を助けたいと望みながらも、与えるべき霊的能力も光も、自分にはないと感じる者がたくさんいる。そのような人は、恵みの座に来て彼らの願いを述べるとよい。聖霊を求めなさい。神は、そのすべてのお約束を保証しておられる。聖書を手に持って、わたしは、あなたのおっしゃったとおりにいたしました。「求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう」とあなたはお約束なさいました、と言いなさい。 

わたしたちは、キリストの名によって祈るだけではなくて、聖霊に感じて祈らなければならない。「御霊みずから、言葉にあらわせない切なるうめきをもって、わたしたちのためにとりなして下さるからである」と言われているのは、そのことを説明している。このような祈りを神は喜んで聞いてくださるのである(ローマ8:26)。 

熱心に力をこめて、キリストの名によって祈るならば、そのような熱心さをもって祈ること自体が、「求めまた思うところのいっさいを、はるかに越えて」、神がわたしたちの祈りに答えようとしておられることの神の保証なのである(エペソ3:20)。 

「なんでも祈り求めることは、すでにかなえられたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになるであろう」(マルコ11:24)。「わたしの名によって願うことは、なんでもかなえてあげよう。父が子によって栄光をお受けになるためである」とキリストは言われた(ヨハネ14:13)。愛された弟子ヨハネは、聖霊の感動によって、次のように確信をもって明言している。「わたしたちが神に対していだいている確信は、こうである。すなわち、わたしたちが何事でも神の御旨に従って願い求めるなら、神はそれを聞きいれて下さるということである。そして、わたしたちが願い求めることは、なんでも聞きいれて下さるとわかれば、神に願い求めたことはすでにかなえられたことを、知るのである」(Ⅰヨハネ5:14、15)。そこであなたの願いを、イエスの名によって、父なる神に切に願い求めなさい。神はイエスの名を尊ばれるのである。 

み座の周りにあるにじは、神が真実であって、変化とか回転の影とかいうもののない保証である。わたしたちは、神に対して罪を犯し、神の恵みに浴すことができない者になった。それにもかかわらず、「み名のために、われわれを捨てないでください。あなたの栄えあるみ位をはずかしめないでください。あなたがわれわれにお立てになった契約を覚えて、それを破らないでください」という驚くべき祈りの言葉を神ご自身が、わたしたちの口に入れてくださったのである(エレミヤ14:21)。わたしたちが、自己の無価値なことと罪とを告白して、みもとに近づくならば、神は、わたしたちの叫びに耳を傾けると神ご自身がお約束になった。神がわたしたちに言われた言葉が成就するためには、神の栄えあるみ位がかけられているのである。 

キリストを象徴したアロンと同じように、わたしたちの救い主は、聖所の中で、神の民のすべての名を、胸 の上にかけておられるのである。わたしたちの大祭司は、わたしたちに、神を信頼することを促して、わたしたちに言われた励ましの言葉を全部覚えておられる。彼は、ご自分の契約をお忘れにならない。 キリストの実物教訓 第12章 求めよ、そうすれば与えられるであろう

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