罪を悟って自分たちの無価値なことを知り、打ちひしがれている者にとって、この記録は信仰と激励の教訓を教えている。聖書はイスラエルの背信の結果をありのままに記している。しかし聖書はまた、彼らが主に帰った時の心からのへりくだりと悔い改めと、熱烈な献身と惜しみなき犠牲をも記しているのである。
真に主に立ち返るごとに、生活には永続的喜びが与えられる。罪人が聖霊の感化力に服従するときに、彼は、心を読まれる偉大な主の神聖さと比較して、自分自身の罪と汚れを見るのである。彼は自分が罪に定められているのを見る。しかし彼は、そうだからといって絶望はしない。なぜならば、彼の赦しはすでに確保されたのである。彼は罪が赦されたことを感じ、罪を赦して下さる天の父の愛を喜ぶことができる。悔い改めた罪深い人間を、愛の腕にいだいてその傷を包み、罪から彼らを清め、救いの衣を彼らに着せることは、神の栄光なのである。 国と指導者 第56章 律法の公布
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