種の中の胚種は、神が種の中に植えつけられた生命の原則によって成長するのである。種の発育は、全く人間の力によるものではない。キリストの王国でもそれと同様である。それは、新創造である。その発達の原則は、世界の諸国を支配している原則とは正反対のものである。地上の政府は、武力によって目的を達し、戦争によって領土を保持する。しかし、新しい国の建設者は、平和の君である。聖霊は、おそろしい猛獣によって地上の王国を象徴したが、キリストは「世の罪を取り除く神の小羊」である(ヨハネ1:29)。暴力をつかって良心を強いることは、小羊の政策ではない。ユダヤ人は、この世の王国の建設と同じ方法で、神の国が建てられることを期待し、正義をおし進めるためには、外的手段に訴えて、いろいろな策を講じたのである。しかし、キリストは、人の心に原則をお植えになるのである。真理と義とを植えることによって、誤りと罪に対抗なさるのである。 キリストの実物教訓 第5章 一粒のからし種のようなもの
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