「あやまちがあり、罪あるままの姿でキリストに行き、赦罪の恵みを受けるとき、心の中に愛がわき起ります。キリストが課すくびきはやさしいのですからすべての重荷は軽くなります。義務は喜びとなり、犠牲は楽しみになります。以前には暗黒に包まれていたように見えた道も、義の太陽に照らされて明るくなります。」キリストへの道 弟子としての証拠
0 件のコメント:
コメントを投稿