試練は、神の子らをこの世の不純なものからきよめるために、キリストの学校において与えられる教育の一部である。試みの経験がやってくるのは、神がその子らを導いておられるからである。試練や障害は、神がお選びになった訓練方法であり、神が指定された成功の条件である。人々の心を読み取られる神は、彼ら自身が知る以上に彼らの弱さをよく知っておられる。神は、ある者たちが、正しく指導されればみわざの進展に用いられることのできる資質を持っているのを見られる。み摂理のうちに、神は、これらの人々を違った立場や様々な環境に置き、自分では気づかない、隠れた欠点を発見できるようにさせて下さる。神は彼らに、これらの欠点にうち勝ち、献身するにふさわしい者となるような機会を与えて下さる。しばしば神は苦しみの火を燃えさせて、彼らがきよめられるようにして下さるのである。患難から栄光へ 第51章忠実な羊飼い
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