2022年7月17日日曜日

信仰を告白する機会が与えられたと考えることはとても大切です

主は、受け身の徳を働かせる必要のある状況をお許しになります。この徳は、たとえば什一や諸献金において神ご自身のものをお返ししようとする時に、純潔と効率を増すものです。試練を経験するとはどんなことか、ある程度おわかりだと思います。試練は、あなたが単純な信仰で神に信頼し、神に頼るようになるために、熱心な祈りを捧げる機会、神を求める機会を与えます。私たちの徳が試され、信仰が試みられるのは、苦しみによってです。イエスの尊さを感じるのは悩みの日においてです。「神が私を殺しても、私は神を待ち望み」(新改訳・ヨブ 13:15)という機会が与えられるのです。危険に直面した時、悲しみ、病、死に出会った時に、信仰を告白する機会が与えられたと考えることはとても大切です。・・・・・・  私たちにとって、すべては神の条件をどう受け取るかにかかっています。私たちの生き方は、心と同じように、将来の生活と品性に影響を及ぼします。すべての人は、勝利しなければなりませんが、自分で思うように何でもすることはできません。私たちはキリストがその生涯と教訓を通して教えてくださった1つ1つを忠実に守るべきです。キリストは滅ぼすのではなく、触れるすべてのものをよくしてくださるのです。 手紙135、1897年 セレクテッドメッセージ 受け身の徳

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