2022年10月10日月曜日

なんと大きな交換であろう

1512年、まだ、ルターもツウィングリも改革の仕事を始めていなかった時に、ルフェーブルは次のように書いた。「信仰によって、われわれに義——ただ恵みによって義として永遠の命に至らせる義——をお与えになるのは、神である。」1彼は、贖罪の神秘を瞑想して叫んだ。「ああ、これは、言葉で表現できない、なんと大きな交換であろう。罪なき方が罪せられ、罪人が自由にされる。祝福された者がのろいを受け、のろわれた者が祝福にいれられる。生命の君が死なれ、死せる者が生きる。栄光の君が暗黒に圧倒され、恥のほか何も知らぬ者が、栄光を着せられる。」2 彼は、救いは、ただ神だけにその栄光を帰すべきであると教えるとともに、人間は服従すべきであることをも断言した。「もしあなたが、キリストの教会の一員であるならば、あなたは、彼の体の肢体である。 各時代の大争闘 フランスにおける先駆者

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