マリヤはよい知らせを聞いていなかった。彼女はペテロとヨハネのところへ行って、「だれかが、主を墓から取り去りました。どこへ置いたのか、わかりません」と悲しいことばを伝えた(ヨハネ20:2)。弟子たちは墓へ急いで行って、マリヤが言ったとおりであることを知った。彼らは覆いと布切れを見たが、主はおられなかった。しかしここにさえ主がよみがえられた証拠があった。亜麻布は無頓着に放り出してはなくて、念入りにたたまれ、それぞれの場所におかれていた。ヨハネは「これを見て信じた」(ヨハネ20:8)。彼は、キリストは死人の中からよみがえられねばならないという聖句をまだ理解しなかった。しかしいま彼は、ご自分のよみがえりを預言された救い主のことばを思い出した。
亜麻布をこのように念入りに置いたのはキリストご自身であった。強い天使が墓へやってくると、それまで仲間の天使と主のお体を守っていたほかの天使が加わった。天からきた天使が石をころがしてどけると、もう1人の天使が墓に入って、イエスのお体に巻かれていた布をほどいた。しかし、それをたたんでその場に置いたのは救い主のみ手であった。星も原子もみちびかれるイエスの御目には、重要でないものは何もなかった。秩序と完全が主のすべてのみわざに見られた。 各時代の希望 第82章 「なぜ泣いているのか」
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