2023年1月24日火曜日

改心によって起こること、起こらないこと

 わたしたちは神の霊によって礼拝し、キリスト・イエスを誇りとし、肉に頼らないからで」(ピリピ3:3)。

改心するとき、古い精神が新しい肉で覆われるのではなく、古い肉のうちに新しい御霊が入ってくださいます。また、古い心に新しい肉が与えられるのではなく、古い肉に新しい心が与えられるのです。

解放と勝利は、人の性質を取り除くことによって得られるのではありません。そうではなく、神のご性質を受け取り、人の性質に打ち勝ち、支配していただくことによって得られます。罪深い肉を取り去るのではなく、罪なき御霊が遣わされ、肉の罪に打ち勝ち、罰してくださることによって得られます。

聖書には、「キリストも備えておられたこの肉を、あなたがたも備えなさい」とは書かれていません。そうではなく、「キリストにあったのと同じ思いが、あなたのうちにもあるように。」(ピリピ2:5、直訳)と書かれています。

また、聖書には、「肉を新たにして自分を変えていただきなさい」とは書かれていません。そうではなく、「心を新たにして自分を変えていただきなさい」と書かれています。(ローマ12:2)私たちは、肉を新たにされて天に移されますが、その前に、心を新たにされて変えていただかなければなりません。[1]

神は自ら助くる者を助く、という異教徒の諺があります。しかし真実は、神は自分ではどうすることもできない人を助けてくださるのです。聖書には「主は弱り果てたわたしを救ってくださる。」(詩篇116:6)とあります。助けを求める叫びは決して無駄にはなりません。救い主はもうじき来られます。ですから、罪が律法のあらゆる力によって私たちのうちに死を働かせていても、「わたしたちの主イエス・キリストによってわたしたちに勝利を賜る神に、感謝しよう。」(lコリント15:57)と叫ぶことができるのです。[2]


注釈

ジョーンズ、レビュー・アンド・ヘラルド、1899年4月18日


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