ファーレルは、つつましい学校教師に変装して、スイスにおける活動を始めた。彼は、遠く離れた教区に行って、子供たちの教育に専念した。一般の学課のほかに、彼は用心深く聖書の真理を教え、子供たちを通じて親たちに伝えようと望んだ。 信じる者もいくらか現れたが、司祭たちが彼の働きを妨害したので、迷信的な田舎の人々は、彼に反対するようになった。「それを宣伝すれば平和でなくて争いを起こすのを見ると、それはキリストの福音ではあり得ない」と司祭たちは力説した。
そこで、初期の弟子たちのように、1つの町で迫害されたなら次の町へ逃れた。彼は、飢えと寒さと疲労に耐えながら、そして至る所で生命の危険にさらされながら、村から村、町から町へと歩いて旅をした。彼は、市場や教会で、そして時には大聖堂の説教壇から説教した。時には教会に聴衆が1人もいないこともあった。時には、叫びやののしりの声に妨害されることもあった。また、乱暴に説教壇から引きずりおろされたこともあった。やじうまたちに襲われて、なぐられ、死ぬばかりになったことも何度かあった。それでも彼は前進していった。何度撃退されても、たゆまず攻撃をくり返した。そうしているうちに、法王側の要塞であった町や都市が、次々に福音に門を開くようになるのを彼は見た。彼が最初に働いた小さな教区も、まもなく改革の信仰を受け入れた。モラとヌーシャテルの町々も、ローマの儀式を廃止し、教会から偶像を取り除いた。各時代の大争闘 ファーレルの伝道
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