2024年8月10日土曜日

もし心の中に、神と同胞に対する愛が満ちていなければ

次に、パウロは、キリストのすべての弟子たちが持つべき愛の重要性について語ったが、この言葉は、その時代から現代に至るまで、あらゆる人々にとって霊感と励ましの源泉となった。「たといわたしが、人々の言葉や御使たちの言葉を語っても、もし愛がなければ、わたしは、やかましい鐘や騒がしい鏡鉢と同じである。たといまた、わたしに預言をする力があり、あらゆる奥義とあらゆる知識とに通じていても、また、山を移すほどの強い信仰があっても、もし愛がなければ、わたしは無に等しい。たといまた、わたしが自分の全財産を人に施しても、また、自分のからだを焼かれるために渡しても、もし愛がなければ、いっさいは無益である」。 

口先で、どんなに立派なことを言っても、もし心の中に、神と同胞に対する愛が満ちていなければ、キリストの真の弟子ではない。大いなる信仰を持ち、奇跡を行うほどの力があっても、もし愛がなければ、その信仰は価値がない。また、大いなる施しが行われるかもしれない。しかし、それが真の愛以外の動機によって行われたとするならば、自分の全財産を人に施しても、その行為によって神の恵みにあずかることはできない。また、熱心さのあまり、殉教の死をとげることさえするかもしれない。しかし、もしそれが愛の動機によるものでなければ、神は彼を、惑わされた熱狂家、あるいは野心的偽善者とみなされることであろう。 
                   艱難から栄光へ 第30章 競走に勝ち抜くために

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